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横浜地方裁判所川崎支部 昭和48年(ヨ)142号 決定 1974年1月26日

債権者 小林智行 外八名

債務者 日本工業検査株式会社

主文

一、債務者は、債権者小林智行に対し金一万一一〇四円を仮に支払え。

二、債権者小林智行のその余の申請、および、右小林智行を除くその余の債権者等の本件申請を、いずれも却下する。

三、申請費用中債権者小林智行と債務者関係の分は債務者の、右小林智行を除くその余の債権者等と債務者関係の分は、右債権者等の、各負担とする。

理由

第一、当事者双方の求めた裁判

一、債権者等

1  債務者は債権者等に対し別紙債権目録記載の金員を仮に支払え。

2  申請費用は債務者の負担とする。

二、債務者

債権者等の本件申請を却下する。

第二、当裁判所の判断

一、当事者間に争のない事実

債務者が肩書地に本社を置き、重化学工業発電設備、土木構築物、重要機器の熔接部欠陥の検査や応力歪の測定等を含む安全検査の請負を主要目的とする株式会社であり、神奈川県を中心に、大阪、北九州に営業所を、新井浜、韓国、シンガポールに出張所を有すること、債権者小林智行が昭和四四年三月二五日債務者に入社し現在まで同社第二技術部で応力測定の仕事を中心に従事していること、債権者小川健が昭和四七年三月二〇日債務者に入社し同社第二技術部で磁粉探傷検査、浸透探傷検査等の仕事を中心に従事していること、債権者関安資が昭和四五年三月二〇日債務者に入社し同社第二技術部で非破壊検査のうち応力測定の仕事を中心に従事して来たこと、債権者藤田賢太郎が昭和四七年三月二〇日債務者に入社し同社第二技術部で応力測定の仕事を中心に従事して来たこと、債権者平田信二が昭和四八年三月二八日債務者に入社し同社第二技術部で応力測定磁粉探傷検査等の仕事を中心に従事していること、債権者山田直樹が昭和四八年四月一日債務者に入社し(ただし同年八月二〇日退社)、昭和四七年三月債務者に入社した債権者古屋博とともにX線、放射線撮影の仕事を中心に従事して来たこと、債権者日高義照が昭和四八年四月債務者に入社し同社第二技術部で応力測定、カラチエツク等の仕事を中心に従事していること、債権者杉山忠が昭和四七年一二月一九日債務者に入社したこと、債務者における通常の労働時間はその就業規則により午前八時三〇分から午後五時までであり、債務者従業員の事業場内外における労働は右時間内に行われるのが原則であるが、時間外におよぶときはそれに対し時間外手当が支給されること、債務者の事業場外労働としては近郊現場における作業と地方現場における出張作業とがあること、債務者の従業員が右出張作業に従事した場合には債務者に対し作業報告書が提出されること。

二、争点についての判断

1  債権者等は債務者に対し、本件申請において債権者等がその主張にかかる各地方現場へ出張して作業に従事した際の時間外労働に対する割増賃金(前記時間外手当。なお債権者平田、同山田、同古屋、同日高、同杉山の各請求にはいずれも普通残業のほか深夜残業分をも含む)の支払いを求めるものであるが、債務者において、債権者等の主張する各地方現場への出張作業の場合は右作業に従事する従業員の労働時間を把握する方法がなく、右出張作業はまさに労働基準法施行規則第二二条所定の労働時間を算定し難い場合に該当し、当該従業員は通常の労働時間労働したものとみなされ、債務者としては右従業員に対し通常の労働時間の賃金を支払うことで足りる旨主張する。そこでこの点につき判断する。

(一) 疎甲第六号証、同乙第六、第七号証、同乙第一一号証、同乙第一三号証、を総合すると次の各事実が一応認められる。

(1) 債務者の主要業務である検査作業は、携帯用機器である工業用X線撮影機、超音波探傷および厚さ測定機、振動測定機、応力測定機を使用し客先の指定する場所を指定された時間に測定するものである。

(2) 債務者従業員のうち、本件債権者等のような検査作業に従事する者は、通常午前八時三〇分までに出勤し、各々の担当職制管理者から業務についての指示を受けたうえ当該業務に必要な機械器具を携行し、客先に出向き所定の作業に従事するのである。右作業に従事した従業員は右作業終了後、使用した機械器具を携行して午後四時三〇分頃帰社し、同五時帰宅する。

(3) 債務者が、その従業員を地方現場へ出張させ検査作業にあたらせる場合は大規模な修理あるいは建設工事に伴う検査を受注した場合であり、債務者の実施する検査作業は、右修理あるいは建設工事の進行に伴いその実施時間が決定される。しかして債務者の実施する検査作業の実施回数は、債務者が右作業を請負う当初から既に発注者の工事の進行過程中に決定されている場合もあるが、未だ決定されていない場合もありその態様は様々である。

(4) 当該地方現場で検査を実施する債務者従業員は、右のとおりの発注者の工事の進行と債務者において実施すべき検査との関係から、相当期間、右作業現場に滞在することを要求されるものである。しかして、右出張作業にあたる従業員は、いずれも二名以上であつて、その内一名が債務者から責任者として指示される。

(5) 作業報告書には「作業現場名」「出勤時間」「退出時間」「作業開始時間」「作業終了時間」「客先印」等の各欄があり、債務者従業員が近郊現場で作業する場合と地方現場で作業する場合とで様式上区別されていない。しかして地方現場へ出張する場合には出張従業員が出発するに際し所属事務担当者から作業報告書用紙を受領して携行し、出張従業員の内の前記責任者が、右報告書の該当欄に該当事項を記入し客先から押印を受けることになつている。

(二)(1) 右に認定した債務者従業員の通常の場合と地方現場へ出張する場合の作業形態の比較、出張作業の実施状況、出張従業員の人数、出張期間、出張従業員中に責任者を指定する点、債務者が出張従業員から労働時間関係事項を記載した作業報告書を提出させている点等から判断すれば、債務者従業員の出張作業は拘束性を有し、右出張作業が、拘束性のない所謂出張を規定していると解される労働基準法施行規則第二二条所定の労働時間を算定し難い場合に該当するとは考えられない。したがつて、前記本件出張作業が右法条に該当するという債務者の主張は理由がない。

(2) 右見解にしたがえば、債務者は、債務者従業員が地方現場へ出張して所定の作業に従事し時間外労働を行つた場合、これに対し労働基準法第三七条に則り、所定の割増賃金を支払うべき義務があるというほかない。

(三) もつとも、債務者は、地方現場への出張従業員から提出される作業報告書の労働時間関係欄の記載事項は信用できずしたがつて、債務者において出張従業員の実労働時間を算定することは困難である旨主張する。しかしながら前記規則第二二条所定の労働時間を算定し難い場合に当るか否かは債務者も自陳するとおり客観的に決せられるものであり使用者である債務者が、前記作業報告書の当該記載事項を信用するか否かとは別異の問題であるというべきである。債務者の右主張は右両者を混同しているというほかない。よつて債務者の右主張もまた理由がない。

(四) その他の、当裁判所の前記認定に反する債務者の主張はいずれも理由がなく採用できない。

2  債権者等の、出張作業における割増賃金支払い請求という本件被保全権利の存否につき判断する。

(一) 債権者小林を除くその余の債権者等関係

(1) 本件割増賃金支払い申請において、出張現場で時間外労働に従事したこと、その年月日および労働時間数についての疎明責任は、いずれも債権者にあると解するのが相当である。

(2) 債権者小林を除くその余の債権者等が主張する、右債権者等が出張現場で時間外労働に従事した年月日およびその時間数の各事実を疎明するに足りる証拠は、右各債権者等の陳述書である疎甲第三ないし第五号証、同第三七号証の一、二、同第三八ないし第四〇号証、出張先残業経験者と題する疎甲第七号証、出先残業調査表と題する疎甲第八号証、出張先残業経験者の調査表と題する疎甲第三六号証、出張証明書と題する疎甲第四三号証、川崎南労働基準監督署監督官作成の監督復命書写である疎甲第一三号証の四、作業報告書である乙第一三号証以外になく、右各証拠は後記理由からいずれもただちに措信することができず、他に債権者等主張の前記各事実を疎明するに足りる証拠はない。

(3)(イ) 疎乙第一ないし第三号証、同乙第七ないし第一一号証によれば次の各事実が一応認められる。

(i) 債権者藤田、同平田、同山田、同日高において、出張作業に関する作業報告書の作成につきその記載の正確性を疑わしめるような行動があつた。

(ii) 債権者小川については債務者が債権者藤田作成の作業報告書によつて確認したところでも、同人の出張期間は旅行日を含み昭和四八年三月二〇日から同月二六日まで、同年四月一日から同月三日までであり右報告書の記載を信用するとしても、同人の同年六月二一日まで出張し、その間二五〇時間の時間外労働に従事したとする主張および同旨の陳述と相違するところが大きい。

(iii) 債権者古屋について、その主張にかかる出張現場における労働時間を債務者において調査した結果、右古屋は客先現場責任者の指示により就業規則に定められた時間以前に帰宿しており、当該工事の進行状況によつて就業しない時間も可成りあつたものである。

(ロ) 債権者関、同杉山については、同人等の主張にそう陳述書自体、単に時間外労働時間の総計を掲記するにとどまり、その従事年月日と労働時間数が特定されていない。

(4) 以上の各点に照らすと、前記各債権者の陳述書である前記疎甲各号証の記載内容は、いずれもこれをただちに措信する訳には行かない。

(5) 出張先残業経験者の調査に関する前記疎甲第七号証、同甲第八号証、同甲第三六号証は、その記載内容からして債権者等の陳述を基礎として作成されたものと推認されその債権者等の陳述が措信できないことは前記のとおりである。よつて右疎甲号各証の記載内容もただちに措信できない。

(6) 出張証明書と題する疎甲第四三号証については、疎乙第一〇号証により、右疎甲号証に記載された時間外労働の割増賃金は既払いと認められるから、これを債権者日高の本件主張事実を疎明する証拠とすることはできない。

(7) 川崎南労働基準監督署監督官作成の監督復命書写である疎甲第一三号証の四によれば、右労働基準監督署は昭和四八年四月一〇日付で債務者代表者に対し、債務者が債権者関、同藤田の昭和四八年一月三一日から同年三月一日までの時間外労働、深夜労働に対する法定割増賃金を支払つていない事実を指摘し、この点に関する指導票を交付したことが認められる。しかしながら右疎甲号証には、右債権者両名の右期間における具体的な時間外労働の時間数が明示されておらず、右疎甲号証自体も右債権者両名の本件主張を疎明するにいたらない。もつとも、作業報告書である疎乙第一三号証中には、右労働基準監督署の指摘する期間に相応する分の作業報告書は存在するが、前記2(一)(3)掲記の疎乙号各証によれば、右報告書中の客先印が現状においては、客先の現地責任者が出張作業に従事した従業員責任者からの求めに応じ、出張作業が全部終了した時点で一括して押捺し、一日ごとに押捺するものでないことが認められ、客先印を具備するからといつて客先が出張従業員の労働時間の正確さを保証したとは必ずしもいえず、あとは債権者両名の記載を信頼する以外にない訳であるが債権者藤田の前記行動からして同人の関与した作業報告書の記載をただちに措信する訳には行かない。

(8)(イ) 以上のとおり、結局、前記債権者等の本件主張事実はいずれも疎明にいたらない。

(ロ) よつて、右債権者等の本件申請の被保全権利は右のとおりいずれもその存在を認め難く、債権者等の本件申請は、債権者等のその余の主張につき判断するまでもなく、すべて理由がないことに帰する。

(二) 債権者小林関係

(1) 疎甲第二号証、同乙第三号証によれば、右債権者は、昭和四七年一二月一二日から同月一六日まで、鹿児島県指宿郡喜入町に出張し債務者の検査作業に従事したこと、右債権者は右一二月一二日早朝羽田空港を出発し同日昼頃現地へ到着し、作業準備のため午後五時まで現場に滞在、翌一三日から担当作業に従事し、同日と一四日は午後一〇時まで、一五日は午後一一時まで、それぞれ右作業を行い、同月一六日は午後三時頃まで作業をし午後五時四〇分鹿児島空港を出発帰途に就き川崎市所在の債務者本社へ到着したのは、同日午後八時頃であつたこと、がそれぞれ認められる。

(2) 出張の際の往復に要する時間は、労働者が日常の出勤に費やす時間と同一性質であると考えられるから、右所要時間は労働時間に算入されず、したがつてまた時間外労働の問題は起り得ないと解するのが相当である。

(3) 右見解に基づけば、債権者小林が前記出張期間になした時間外労働は総計一六時間と認められる。

(4) 疎甲第一八号証の一ないし六、疎乙第一四号証によれば右債権者の時間外労働に対する割増賃金は一時間当り金三四七円であることが認められ、したがつて、右債権者の前記時間外労働に対する割増賃金額は合計金五五五二円となる。(計算は別紙のとおり。円未満四捨五入。)なお、右疎甲号証によれば右債権者は独身であり扶養すべき家族を有しないから家族手当の支給を受けていないこと、その他労働基準法第三七条第二項により割増賃金の基礎となる賃金から除外されるべき賃金の支払いを受けていないこと、がそれぞれ認められるから、右債権者主張にかかる本件割増賃金算定の根拠は正当である。

(5) 債務者は、債務者従業員が地方現場へ出張し作業に従事し時間外労働を行つた場合、これらに対し労働基準法第三七条第一項にしたがい法定の割増賃金を支払うべき義務があることは前記1において説示したとおりであり、債務者は債権者小林に対し本件割増賃金合計金五五五二円を支払うべき義務があるというべきである。

よつて債権者小林の、この点に関する主張は、右認定の限度で理由があり、その余の部分は理由がない。

(6) 債権者小林は本件申請において債務者に対し労働基準法第一一四条に則り附加金の支払いを求めているのでこの点につき判断する。

(イ) 債務者が、右債権者の昭和四七年一二月一三ないし一五日までの時間外労働に対する割増賃金合計金五五五二円を支払わないことは本件認定から明白であり、債務者の右未払いは労働基準法第三七条に違反するというほかない。

(ロ) 右に認定したところおよびその他本件にあらわれた諸般の事情を総合すると債務者に対し、前記債権者の請求するところを認容し、前記法条に基づき前記未払い割増賃金額と同額の附加金の支払いを命ずるのが相当である。よつて、本件附加金の金額は金五五五二円となる。右債権者のこの点に関する主張も、右認定の限度で理由があり、その余の部分は理由がない。

(7) 結局、債務者が右債権者に対して支払うべき本件金額は合計金一万一一〇四円ということになる。

(8) 債権者小林の本件仮処分の必要につき判断する。

(イ) 疎甲第一八号証の一ないし六、同甲第一六号証の一ないし三によれば、右債権者の現在の一カ月の平均収入は金五万円前後であり、独身とはいえ、相当経済的に切りつめなければ生計を維持して行くことが難しいものであること、右債権者は昭和四四年三月大学を卒業し債務者へ入社したものであつて債務者へ勤務すること四年余年令二七才であるが、同人の前記一カ月の平均収入を川崎市内所在従業員三〇〇人以上の企業における右債権者と勤務年月、年令の同じ従業員の一カ月の平均収入と比較すると債権者の収入の方が約二万五〇〇〇円低額であること、が認められる。

(ロ) 現在物価が異常なまで高騰していることは公知の事実である。

(ハ) 右認定に基づけば、右債権者の本件仮処分の必要はこれを肯認できる。右認定に反する疎乙第一九号証の記載内容は措信できない。

第三、結論

以上の次第で、債権者小林の本件申請は前記認定の限度で理由があるからその範囲内でこれを認容し、その余の申請は理由がないからこれを却下し、債権者小林を除くその余の債権者等の本件申請はいずれも理由がないからすべてこれを却下し、申請費用の負担につき民訴法第八九条、第九二条、第九三条をそれぞれ適用して主文のとおり決定する。

(裁判官 鳥飼英助)

(別紙省略)

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